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指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

ラーメンズファン問題

考え方

ラーメンズ、知ってますよね。
多摩美出身の2人組のコント集団。
シュールで独創的なコントがカルト的な人気を呼ぶ芸人です。
今は二人とも俳優業もやっているようで、特にギリジンピタゴラスイッチで声優やってたりマルチに活躍しています。

私はラーメンズは好きです。
ただ、最近気づいたのですがどうもラーメンズファンが苦手な気がする。
むしろ嫌いかもしれない。
この「○は好きだけど○が好きな人は嫌い」という感情を、ラーメンズファン問題と呼ぶことにしてみます。

ラーメンズ第17回公演『TOWER』 [DVD]

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何度かラーメンズのライブに行ったこともあるんですが、いつも居心地が悪かったんですよね。
開場前の入り口に並ぶ人たちが「俺だけはラーメンズの良さを分かってるぜ」という無個性な人たちの集団に見えて、気取ってんじゃねぇぞと思ってしまう。
そしてラーメンズが好きなんてなんて通なんだろうという感情を自分が持っていたことにも気づいてしまい、個性的ぶってた自分におえっとなる。
家で一人でオンエアバトルラーメンズを見ている分には超楽しかったのですが、あくまで自分だけが知っている気になっていたかったというか。
同族嫌悪の憎しみはかなり激しいと言いますが、自分と近しい人間の嫌な部分を見れば見るほど自分が嫌いになってくる。
そんなイヤーな感情がわきださないようにラーメンズとは無意識のうちに距離を取るようになっていました。
ラーメンズ自体は嫌いでもなんでもないですし、生でライブも見たいのですが。

こういう現象ってラーメンズに限らず、強いブランド力を持っているコンテンツにはよくあることなんじゃないかと思います。
アップルとかもそうですね。
アップルは好きだけどアップル信者は嫌いという人は多いんじゃないでしょうか。
他にも、ビジュアル系バンド、外車、サブカル系テレビ番組など色々な場面で確認できます。
特にそのコンテンツが好きで好きでたまらない人ほど他のファンが許せなくなる。

昔、伊集院光松本人志を「こいつの良さは俺だけがわかる、とみんなに思わせる天才」と評していましたが、サブカルチャー的な好まれ方をするコンテンツは「他の人は知らないけど私は知っている」という認識をさせることでブランディングをすることが多々ある。
ビレバンなんかはそんなちょっと変わった私を探したい層をガバッと取り込んでしまった魔窟的な恐ろしさがあるのですが、そんな「私だけは知っている」欲求の需要ってかなりあると思います。
自分も含めそういう人たちはマイノリティであることが付加価値なのでコアなファンほど他のファンが許せなくなるのは必然なわけで。

ただ、私自身の体験から言うと、ラーメンズファンが他のラーメンズファンを嫌いな理由は「個性的な私」像を崩されたことよりも、「個性的なことを喜んでいた私」に気づいた恥ずかしさからくる逆ギレのような感情のようなものの方が大きいと思うんですよね。
自分では全くそんなつもりはなかったけれど、どうやら自分は大衆的な人気があるものを、カルトな良さがわかると勘違いしていたらしい。
ラーメンズが好きなことは全然個性的でもなんでもないらしい。
そしてそれを知ったことによりガッカリしているということは、どうやら自分は自分が個性的だと思っており、それがアドバンテージだと思っていたらしい。
そう考えると無性に恥ずかしくなるのです。

全ては自意識です。
自意識過剰から来るものです。
別にラーメンズファンに嫌なことをされたわけでもないし、全て自分の中で完結していること。
自意識抜きで楽しめれば、それが一番楽しいのかもしれません。

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