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指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

知識レベルが違う人とのコミュニケーション摩擦

考え方 生活

まともにトラップもできない“にわか”は黙ってろよ

この気持ちってすごくよくわかります。
私はサッカーは興味無いのですが、音楽に関してたまに同じことを思うこともあり、気持ちがよく分かる。
コンサートで隣りに座った学生の集団が「今日は指揮者がノッてないから音にツヤがないなー」とか言っているのを耳にすると、なんというかモヤモヤします。
なぜこのような事が起きるのか。
発信者はどのようなことを考えて、読み手はどのように受け止めたら良いのかを考えてみました。

元のリンク先の書き手の人はサッカー経験者のようです。
サッカーの知ったかぶりが一番気に障る人ってサッカー経験者であって、より深くサッカーに打ち込んでいた人ほど的外れな指摘にイライラする。
それはおそらく自分が青春をかけて必死に取り組んできたことが非常に軽んじられているように見えるからでしょう。
私だってそうです。
私は中高と吹奏楽部に所属していて本当に一生懸命真摯に音楽と向き合っていました。
もし国際吹奏楽コンクールというものがW杯くらい人気があり毎日テレビ中継されていれば、Facebookに「今日のドイツの指揮はひどすぎ」「フランスのオーボエソロはひどかったわ」というコメントがいっぱいあふれると思うのですが、私はおそらくそれには耐えられず合奏もしたことないやつが吹奏楽を語るな!と言っているでしょう。
そのように自分なりに置き換えると非常に共感できる。

ただ、この知ったかぶりへの憤りは普遍的なものではなく個人のバックグラウンドによるところがすごく大きいんですよね。
先ほどの吹奏楽の例でも、興味が無い人はポカーンとすると思います。
中途半端な興味を持った人々の意見に対して「お前に何がわかる」と思える人はそれより一段興味レベルが深い人で、さらに言えばその人たちもより興味レベルの深い人から見れば「お前に何がわかる」と言われる。
私も先ほど偉そうなことを書きましたが、プロの指揮者から見ればこちらこそ知ったかぶりと思われているかもしれません。

そう考えると私達が意識することはふたつ。
どんなジャンルであれ、会話は知識が同じレベルの人達とのものがもっとも楽しいということです。
W杯を話題にするのであれば、アマチュアはアマチュア同士、プロはプロ同士で話すのがもっともストレスが少なくイライラを感じない。
人間は情報を使ってコミュニケーションを取る生き物です。
情報は「目的」ではなく「手段」になりうる。
「昨日サッカー見た?惜しかったよね!」というコミュニケーションを取るための手段としてサッカーは使われたりするのです。
そこでの第1の目的は「友人と楽しい会話をすること」であって「日本が勝つための戦略を練ること」ではない。
もっとレベルの高い人達からすれば「素人が分かった風なことを言うな!」と思うかもしれませんが、楽しい会話をすることが目的であれば素人が素人なりに考えた戦略でいいわけです。
それだって楽しいですし。

ただ、教室や職場で友人と語り合うだけならそれでよかったのですが、SNSやブログでそれを語ると自分の予想を超えた広い範囲の人々の目に触れることになる。
そこで発信者より知識レベルの高い人がその記事を見た時に摩擦が起きてしまう。
「お前は素人だわかっていない」という意見でコメント欄がうめつくされるかもしれない。
だからといって知識レベルが高い人しか書けないような世界になれば、W杯のコメントを書けるのは元日本代表だけのようなことになってしまう。
難しいですよね、でもこれって絶対に避けられないことだと思うのです。
発信者にとってできることは、そういう反応をされることがある、あって当たり前だという自覚をもつことじゃないでしょうか。
自分は素人だ、自分より詳しい人はかならずいるという自覚をもって書いて公開すれば、プロや経験者とやらに「わかっていない」と言われても確かに自分は素人だからしょうがないよと納得できます。
逆にレベルの高い人はレベルの低い人達の意見についてピリピリしてもしょうがないと思うのです。
先ほども述べたとおり情報をコミュニケーションツールとして使っている人もいるわけで、そこに「いやもっと真剣に考えればわかるだろ」と言ってもしょうがない。
つい苦言を呈したくなる気持ちは私もすごくわかるのですが、それはレベルの差がある以上どうしてもおきてしまうと思うのです。

自覚をもって発信すると言っても具体的にどうしたらいいのかということなんですが、私はシンプルに「見られている意識を持つこと」と「謙虚さを忘れないこと」だと思います。
私は自分のツイートやブログはいつ炎上してもおかしくないと思いながら書いてます。
正確に言えば「炎上してもしょうがない」と半ば諦めているというか、世の中こんだけ広いんだから意見の違うことだってあるよなあと思っています。
どれだけ気をつけても燃える時は燃えるし、あんまりガッカリせず自分の言いたいことがいつでも伝わるとは思わないでおこうというか。
「謙虚さを忘れないこと」については、知識レベルが自分は低いぞという自覚を持つこととほぼ同義です。
自分は知っているぞと思わないこと。
自分は自分と同じ知識レベルの人達とやりとりしているからうまくいっているだけで、決して自分がトップクラスではないということは、忘れがちですがつねに心に持っておきたいです。
言葉にするとちょっと窮屈ですが、そういう心構えって大事だと思うんですよね。

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