指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

なぜ勉強した方がよいのか

この記事がホットエントリーに入っており興味深く読ませていただきました。

子供に「何で勉強するの?」と聞かれたら、どう答えますか? | シンプルライフ

ふむふむ面白い。
子供のころ誰だって一度は考えたことありますよね、なんで勉強しなきゃいけないのって。
大人になってから微分積分が何の役に立つんだろうって。
実際、社会では微積だって因数分解だって使わないからそんなに勉強する必要はないんじゃないかという大人もいます。
嫌なことをわざとやって忍耐力をつけるためとか言う人もいますね。
でも私は個人的にはそうは思わない。
(忍耐力だけだったらみんなで土木工事でもした方がはるかに世のためです)
子供が勉強するのは「可能性を狭めないため」だと私は考えています。

女子高生サヤカが学んだ「1万人に1人」の勉強法

女子高生サヤカが学んだ「1万人に1人」の勉強法

この話題がややこしいのって、二つの側面があるからだとおもうのです。
ひとつは本当に勉強することのメリットは何なのかという問題。
もうひとつは子供の教育としての問題です。
後者を気にするのであれば極端な話ひとつ目の理由に関して嘘をついてもよい。
例えば勉強することのメリットが「よい暮らしをするため」だとしても直接子供にそれを言っても伝わりにくいしモチベーションが上がらないため、「勉強するとこんなに素敵なことがあるんだよ」と事実を婉曲した方が教育的配慮がなされていることがある。
この二つがごっちゃになっているため、「いや、それは本質じゃないよ」「子供にそんなことをいっても反発必至」と話が噛み合わないのでそこらへんを整理してから話を進めましょう。
このエントリでは前者、つまり「勉強をすることのメリット」のみを考えてみたいと思います。
子供に言ううんぬんは一度忘れてください。
学生時代に勉強をするとどんないいことがあるのか。

昔、何かのインタビューで東大生が東大に入った理由として「やりたいことが特になかったから」と答えていました。
この回答が私は強烈に印象に残っていて、最初に読んだ時は嫌味な奴だと思っただけだったのですが、年を経るにつれ段々とその言葉の重みがわかってきました。
一流の大学であればあるほど一流の研究者が揃っていて豊富な研究費がある。
例えば東大で物理を学ぼうと入ってから量子力学を学んでも宇宙工学を学んでも最先端の知見に触れられる可能性は高いわけで。
しかしこれが東大からランクが下がるに連れて一流の研究がある可能性は下がって行きます。
ある大学では量子力学は進んでいるけど宇宙工学はさっぱりかもしれない。
ある大学では宇宙工学は最高峰でも物理化学は今ひとつかもしれない。
すでに「僕は量子力学を学ぶ!」と決めているのであればその分野に強い大学を目指せば東大でなくてもよいのですが、そうでなければより偏差値の高い大学に行っておいた方がよいわけです。

これは大学に限った話ではなく、もっとその前の段階である「生き方」についても言えることです。
例えば将来すし職人になって一生を終えるんだと決めた人であれば熱心に数学や物理を勉強する必要はありません。
高校すら行かなくてもよくて、中学を出てすぐに有名寿司店で修行した方がよい。
しかし将来自分が何をやりたいかわからない。
もう少し考えていたいというのであればより可能性を減らさない生き方をした方がよいのであって、そうであればできるだけ選択肢を狭めないように勉強はしておいた方が良いと思うのです。
なぜ勉強するかを子供に教える時に「勉強したらいい会社に入れるよ」と言う人もいるとは思うのですがそれって不十分で、正確には「勉強した方が自分がやりたい仕事をできる可能性が高くなるよ」だと思います。
もちろん東大をでてから寿司職人になるのもそれはそれで難しいと思うのですが、16から22まで寿司屋で修行してきた人が選べる仕事の選択肢と東大を出た人が選べる選択肢の数ははるかに差がある。

誤解されないよう強調しておきたいのですが、私は寿司職人を目指すことが悪いと言っているのではありません。
早くから自分の生きる道を選択できる人は立派だと思いますしとても勇気ある決断ができる人でしょう。
しかし多くの人は生き方を決めることをためらう。
仮に寿司職人になれたとしても途中で気が変わってしまうことだってあるかもしれないのです。
そう言う時に他の選択肢がいくつあるかどうかを決めるのがそれまで勉強してきたことだと思います。
社会人になってからだって、英語やプログラミングを学ぶことで他の選択肢を作って転職することができる。
勉強することで自分の可能性が広がる。

私の人生にはこれから微積は関係ないので勉強しませんというならばそれもよいでしょう。
しかししておいた方が確実に可能性は広がる。
マリオカートをやっているときだって、微積の概念があれば速度と加速度と距離の関係がぱっとイメージできたりします。
クラシックだって、サンサーンスがフランス人ということを知っているだけで「だからこんなにシニカルでエスプリが効いてるのか!」とめちゃくちゃ面白くなる。
勉強は思いがけないところで花開くのです。
その「これはこれから必要ない」という判断は若いうちは(というか体験しないうちは)難しいのでなるべく勉強しておいて損はない。
もちろん詰め込み教育やガリ勉も度を過ぎると同世代の子供と遊ぶ機会を失ったりしてそれはそれで可能性を奪いますが。

子供から大人になって行く時に人は決断を繰り返し、決断をするたびに可能性は一つずつ失われて行きます。
進学するかどうか。
理系か文系か。
専門学校に行くか。
そうやって減っていく選択肢をなるべく多いままに保ったり、逆にいままでなかった選択肢を増やすことができるのが勉強なのではないでしょうか。
私がもし子供に「なんで勉強するの?」と聞かれたら「大人になってからなりたいものになったり、やりたいことをやれるようにするためだよ」と答えたい。
「新幹線の運転手」「先生」などの例えを混ぜて、具体的にどのような過程を経るとどのような職業についてどのような未来になるのか、その可能性の大きさを語ってあげたいなあと思います。
子供は可能性のかたまりで、その内に秘めた大きな大きな可能性をできるだけしぼませてあげたくないという親心が伝われば、これ以上嬉しいことは無いです。

20代は勉強に狂いなさい!

20代は勉強に狂いなさい!

子育てハッピーアドバイス

子育てハッピーアドバイス

広告を非表示にする