指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

高齢者福祉としてのインターネットの可能性

ちょっと前にニコニコ生放送をしていた「頑固一徹」というハンドルネームのおじいさんが生放送中にろれつが回らなくなって、様子がおかしいことに気づいたリスナーが救急車を呼んで一命をとりとめたというニュースがありましたよね。

ニコ生リスナー人命救助の大手柄、生放送で脳梗塞の症状を察知 | ニコニコニュース

69歳で生放送を配信していることにもビックリしたのですが、この記事を読んで感じたのが「独居老人とネットコミュニティって案外相性がいいのかもしれないな」ということでした。
実際この頑固一徹さんも一人暮らしだったわけですし。
このエピソードから少し未来のネットコミュニティの高齢化を考えてみました。

あと15年くらいするとネットは高齢者がすごく増えてくると思うのです。
頑固一徹さんじゃないですが、60代でニコ生をやる人がどんどん増えてくる。
それは遅かれ早かれ確実なことです。
インターネットネイティブな世代がどんどん押し上げられて、高齢者のITリテラシーが高まることはほぼ間違いない。
で、そこで求められるのってコンテンツじゃなくてコミュニティなんじゃないかなと思うのです。

私は、ネット上でのコンテンツの消費は比較的若い世代の人のものなんじゃないかなと考えています。
具体的に言うと、お年寄りがPCを使えるようになったからといって、艦これをやるとは思えない。
AmazoniTunesのような、インフラ手段としてのネットの使い方はあるとは思うのですが、基本的にコンテンツを消費する中心はもっと下の世代のような気がします。

ではPCを使えるようになった高齢者は何をするかというと、コミュニケーションなのではないでしょうか。
子供たちがそれぞれ家庭を持って別の地域に移ってしまい、自分も退職して特にやることがなくなってしまった。
そういう人たちがまずもとめるのは人とのつながりだと思うのです。
少なくとも自分の周りではそういう人が多かった。
現代人は社会の中で生きるソーシャルアニマルなので、常に帰属する集団を探すのは当たり前といえば当たり前なのですが。
だから15年後、20年後には高齢者用のSNSができたりすると思いますし、2chのような掲示板でも年齢層の高い人たちの存在感がどんどん増してくると思います。

ネット社会の高齢化が進む、と書くとネガティブなイメージが出てくるのですが、私は高齢者がネット上でソーシャルなやりとりをするのは割といいことなんじゃないかと考えています。
頑固一徹さんはニコ生でタバコを吸っていたことをリスナーに注意されたりもしていたそうですが、高齢者ってやっぱり見てくれる人が絶対に必要だと思うんですよ。
人って孤独になると自堕落になりますし、それをとがめてくれる存在が身近に必要です。
コミュニケーションを全く取らないまま日々を過ごすと認知症のリスクもぐんぐん高まりますし。
怪我をして外に出られなくなったお年寄りが、会話が少なくなって一気に認知症が進んでしまったというのはよく聞く話です。
いままで高齢者の人とコミュニケーションをはかってきたのは同居している家族であったり地域の老人クラブのようなコミュニティであったと思うのですが、それがインターネット上に広がるのは、私はあらたな高齢者への福祉として可能性を感じます。

私の親戚にも離れて暮らしている高齢者がいますが、日がな一日テレビを見て暮らしている。
買い物に出かけたり畑の世話はするようですが、基本的に家の中でテレビを見ていることが多いようです。
テレビを見続けるくらいだったら、インターネットをしている方がまだマシだと私は思います。
テレビは受動的ですがインターネットは自分から探しに行かないと情報が得られませんし。
そういう、いままでカウチポテトだったお年寄りがネット上でコミュニティに参加し、今日は誰とどんなことを語り合おうかと生き生きするようになれば、ネットの高齢化も悪くないかもしれないと私は思うのです。

ひとりで暮らす 求めない生き方

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