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指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

見られて叩かれると上達は早い

こないだ家でちょっと長い文章を書くことがあったのですが、出来上がったものを嫁さんに読んでもらったところ「こんなに文章書くのうまかったっけ?」と言われました。
うれしい。

私は国語や作文が本当に苦手ですし、いまだってまったくよい文章を書けている自信は無いのですが、もし以前よりも文章力が上達しているとしたらそれは明らかにこのブログを書き始めた影響だと思うのですよ。
(嫁さんは私がブログを書いていることを知らない)
人目にさらされるものを書き続けることで読みやすい文章を書くような意識は自然とついてきましたし、見られるものを作ると上達って早いんだなと感じました。

武器としての書く技術 (中経出版)

武器としての書く技術 (中経出版)


ブログを書いていて何回かくやしい思いをしたことがあります。
言われの無い中傷とかはあまり響かないしなんとも感じないのですが、うまく意図が伝わっていない人から反論されるのが一番不本意で、「それ私が言いたかったことがそもそも伝わっていないな」という方角からの意見が一番応えました。
それは振り返ってみると自分の説明や書き方が悪く、本質が伝わらない文章を書いていたり誤解を生むようなタイトルをつけていたりしていたことが原因であることがほとんどだったわけで。
私の書く文章がよいものであれば起こり得ないような誤解もたくさんあったし、いまでもたまにあります。
もっとシンプルに言いたいことを伝えなきゃと危機感を持つようになってからは自分の書く文章がどういう捉えられ方をするかに重点をおいて推敲するようになりました。
文章って文章術のようなものを学ばなくても、気をつけて書くだけでかなりよくなると思うんです。
この文章は見られるものだぞ、世界に公開されるものだぞと意識するだけで。
逆に言えば昔の私の文章は頭をあんまり使わず書いていた無頓着な文字列だったなーと思ったりもしました。

続けることは大事ですが、続けるだけでなんでも上達ってするわけではありません。
私は週5でブログを書いていますが、これが日記帳だったらここまでちゃんと書こうとはしなかったし、嫁さんからも文章うまくなったねとは言われなかったと思うのです。
ポイントとなってくるのは、文章を見られたこと、叩かれたこと。
やっぱり自分の意図していない反論で叩かれるのって嫌だし、自分が悪い部分で起こる問題であればそこは気をつけようとする。
それは文章に限らず、音楽だって絵だって英語だってなんだってそうだとおもうんですよね。
ただ毎日続けるだけでは上達するにも限界があって、その壁を破る一番手っ取り早い手段が見られることじゃないでしょうか。

そういえば私は字もかなり汚ないのですが、就職活動中に履歴書で落とされるのは嫌だと時間をかけて丁寧に字を書いたところそこそこ綺麗に書けて自分で驚いたこともありました。
いい加減なマインドでいい加減に書くから汚ないのであって、綺麗に書こうと意識すればある程度は誰だって綺麗に書けるんですよね。
見られるものを作るって肩がこることもあるのですが、いやあ勉強になります。
読みやすいブログをこころがけよう。

入門 考える技術・書く技術

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テクニカルライターが教える、文章の見た目を良くする技術

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