指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

自己肯定感は高いほうがいいのか

自己肯定感まわりのエントリをいろいろ見かけたので自分の自己肯定感に対する考えを書いてみます。

自己肯定感って特に教育論とか育児論でよく目にする印象で、おしなべて「自己肯定感の無い子はいけない、自己肯定感を持たせてあげる教育をしよう」という主張が多い気がします。
それはそれで間違っていないとも思うのですが、私は自己肯定感が高ければいいものでもないと思うのです。

 

子育てハッピーアドバイス

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 自己肯定感の高い人って素晴らしいと思います。

ほめられた体験や成功体験を多く積んできて、少々のことではめげずに「自分はもっとできるはずだ!」と信じて最後までやりぬけるってすごいことです。
逆に親から叱られて叱られて育てられると自分の能力に対する劣等感ばかりが大きくなってしまい、何をしようとしても「どうせうまく行きっこないよ」と諦めがちになってしまったりするとききます。
自己肯定感の高いほうが逆境に強くポジティブでへこたれにくいというか。
自己肯定感って自信とかプライドにも似ていて、これがあると基本的に「自分は優秀だ」という思いが強くなると思うんですよ。
 
裏を返せば自己肯定感が高すぎる人は自分に対して根拠の無い自信過多になりやすいとも言えるのではないでしょうか。
端的に言うとプライドの高い人間になってしまう。
プライドって生きて行く上である程度は必要ですしある程度はあって困るものでは無いんですが、必要以上に肥大化したプライドは社会生活の妨げになります。
自己肯定感の高い人は一般的な人よりも特に「謙虚」というアビリティを兼ね備えることが重要なんじゃないかと思うんです。
 
自己肯定感が高過ぎて批判に鈍感になる人もいます。
学生時代の私の後輩でひとりいたのですが、とにかく怒られても応えない。
へこたれないのはすごいし立派だと思うのですが、自分がなぜ怒られているのか、どこが悪かったのかに対して非常に鈍感で、なかなか改善しないんです。
批判から成長へのプロセスができていないというか、自分を省みることに慣れていないというか、「怒られちゃった。でも僕は本当はできる人間だし頑張れば認めてもらえるはず!」と思考が上滑りしてしまう。
甘やかされて育った人が強烈な批判で心がポッキリ折れてしまうというのは聞いたことがあったのですが、「あなたはできる子よ」と肯定され続けて育てられるとどれだけ強く怒られても全く応えないような批判キャンセラーになってしまうのかもしれません。
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自己肯定感が大事です、あまり叱らずほめてあげましょうという育児本が売れるのって、子どもを叱ってばかりで申し訳ないなという親心につけこんでいるところも少なからずあると思うんですよ。
我が子はかわいいけどついつい叱ってしまう。
叱ってから罪悪感を感じて「私の育児法はよくないんじゃないか」と思ってしまう。
そこに「子どもを叱ってませんか?それ間違いです!」と言われると「やっぱりそうですか!」と受け入れちゃいますよね。
自己肯定感関連の本がヒットしたのってそういう親の潜在的な弱みにつけ込んでいる側面もあると思うんです。
 
自己肯定感は少なくても案外やっていけますしそれで人生失敗することはそうないです。
「俺なんてどうせダメだ…」というネガティブな感情でも成長ってできますし。
自己肯定感の高い人は「自分は本当はもっとできる人間のはずだから頑張ろう」という思考で成長しますが、自己肯定感の低い人だって「自分は他人に比べて劣っているから人一倍努力しなきゃ」という考え方で成長できるんです。
私はそうでした。
劣等感まみれで指揮を勉強しいまでも音楽に関してはまったく自分を肯定できていませんが、それでもなんとかやっていけています。
ダメだからこそ頑張ろう、人並み以上に努力しようというモチベーションを保てるかどうかは結局自分次第であり、それって自己肯定感とはまた別の問題だと思うんですよね。
揺るぎない自信ってあこがれますし誰しも欲しいと思うんですが、くよくよしてたって別にいいじゃないですか。
むしろ「私の自己肯定感低過ぎ…?」と悩む方が健康にはよくないのではという気がします。 

 

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