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指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

生活レベルは落とせない

先日、家のネット回線がつながらなくなりひとりで大慌てしていました。

最終的にはモデムをあれこれして治ったのですが、いやーネットにつながらないと不安になる。
15年くらい前のネットをひいていなかった時代がもう思い出せません。
一旦便利になってしまうと、人間は昔の生活レベルまではなかなか落とせないよなと実感しました。

 

年収100万円の豊かな節約生活術

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さんざん言われてることかもしれませんが、生活水準って上がるのにはすぐ適応できますが下がるのには相当パワーがいります。

旬が過ぎた芸能人が収入が減っているにもかかわらずパーティー三昧でどんどん落ちぶれて行く様子をワイドショーかなんかで見てはバカだなあと一蹴してしまいがちですが、本来ヒトの性質ってそれが普通なんじゃないでしょうか。
極論かもしれませんが、私たちだって今さら洗濯板を使えとか釜で飯を炊けとか言われても困ると思うんです。
釜炊きの方が美味しいからという人はそれ自体が趣味なのであって、むしろ生活レベルをあげるためにあえて釜を使っているんでしょうし。
 
都会から地方へ転居する人が少ないのも同じ理由ではないでしょうか。
一度都会の便利な暮らしに慣れてしまうとなかなか地方に行ってまで就職や転職したくないというか。
やっぱり都心部とかの方が刺激も多いですし遊べるところもいっぱいあるので楽しく、生活レベルは高いと思います。
対して田舎だと限られた場所(イオン)の限られた店舗(イオン)で買い物をして、限られた遊び場(イオン)で遊ぶしかないので、選択肢は狭まり生活レベルとしては下がってしまう。
ロハスな暮らしに憧れているなど、地方に特別なバリューを見出している人はまた別ですが)
ずっとその地域に住んでいる人はその水準が普通なので特に問題ないとは思いますが、都会から来るのであれば「東京ではこうだったのに…」と感じることも多いでしょう。
 
おじさんの中には「昔は先生は生徒を殴るのが当たり前だったんだ。怒鳴られるくらいなんだ、今の子どもは恵まれてるんだぞ!」とかの自分が体験した過去の水準を持ち出してくる人がいますが、正直知らねえよと思います。
今を生きている人は今現在の水準でものを語るべきであって、もう戻れない昔の過去の生活レベルの話をされても「昔はそうだったんですね、今は関係ないですけどね」としか言えません。
苦労した俺たちを知ってほしいということだけならまだいいというか理解は出来るのですが、だからお前らもある程度は我慢しろというのは筋違いです。
そういうおじさんは、タイムマシンで原始人がやって来て「俺たちの時代ではマンモスに腕を吹っ飛ばされたやつも生きてるんだ!指が折れたくらいなんだ!」と言われたらどうするんでしょうか。
 
私が言いたいのは、生活水準は人それぞれ違っていて自分が当たり前だと思っていることが他人には当たり前じゃないなんてことは往々にあるわけで、特に生活水準を下方向に向けるような言い方は全く共感を呼ばないので注意した方がいいということです。
思い出として聞く分には別世界の話なので面白いんですけどね。
原始時代の人から「火を起こすのは大変でね、コツがあるんだよ」という話を聞くのは楽しいのですが、「だからお前らも火のありがたさをわかれ」と言われるとちょっと違うなと感じてしまいます。
 
とは言いつつも、自分も子どもに「昔は携帯電話なんかなかったんだぞ」とか言ってしまいそうです。
「へー」と言われたいですし。
昔の生活レベルを引き合いには出さず、あくまで思い出話にとどめておくよう気をつけよう。

 

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