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指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

逆境に立ち向かう人のための「左手のためのピアノ協奏曲」

佐村河内の件の何が腹が立つかって、本当に障害があるにもかかわらず頑張っている音楽家たちをバカにしたことなんですよ。

私は数年前に舘野泉という右手が動かないピアニストが、ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲を演奏するのを生で聞いたのですが本当に感動したんです。
その時の思い出とこの曲をちょっと語らせてください。

 

ピアニスト舘野泉の生きる力 (ソリストの思考術 第八巻)

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左手のためのピアノ作品って実は結構あるんですが、そのなかでも一番有名なのがラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲です。

ラヴェルはこれともう1曲ピアノ協奏曲を残していまして、「左手」「両手」と言いわけられたりします。
「左手」は戦争で右手を失ったピアニストのウィトゲンシュタイン(有名な哲学者、ウィトゲンシュタインの兄)のために書かれており、ジャズの要素も取り入れた明るくてきらびやかな「両手」と違って、「左手」は暗く憂鬱な雰囲気を常にまとっています。
色々な意味で対照的な二曲です。
 
CDでは聞いたことがありどんな曲はすでに知っていたのですが、実際に舘野さんの演奏を聴くとそれまでのこの曲に対する考えが大きく変わりました。
ラヴェルの「左手」は、その他の「左手のための練習曲」などとは違い、右手を失った音楽家の心を表した悲しみと決意の音楽なんです。
 
「左手」は超絶難易度でかなり手練れたピアニスト向けの高レベルな曲。
すなわち演奏するのはそれだけの研鑽を積みながらも右手が動かなくなってしまったピアニストです。
両手が動くけれども左手だけで演奏するピアニストも多数いますが、もとはウィトゲンシュタインのために作られた曲なので、想定されている弾き手は右手が動かないピアニストでしょう。
舘野さんも東京藝大を首席で卒業していながら脳溢血による後遺症で右半身が不自由になったそうです。
 
左手でピアノを弾くと、音程の低い音が弾きやすく、高い音は弾きにくいですよね。
加えて低い和音は濁りやすく汚く暗い音になってしまう。
ラヴェルはこれを巧みに利用しています。
低くて速いパッセージは陰鬱な現実。
かなりの実力を持っていながらも右手を動かせず、左手だけになってしまった悲しみのようです。
その濁った和音は悲劇のピアニストの叫びのようにも聞こえます。
中間部では右手を奪った戦争に対する怒りといったところでしょうか。
 
高音の美しくもゆったりとしたメロディーは在りし日の右手を偲んだ追憶。
もっともっと弾きたい曲があったろうに右手を使うことができなくなってしまったピアニストが消えてしまった夢を語るようでたまらないんですよ。
私は「左手」のこの高音部がとてもグッときてしまうんです。
実際に聞いた舘野さんの演奏も鬼気迫る低音の猛烈な動きよりも、ロマン溢れるけれどもどこか悲しい高音の動きの方が心に訴える物があって、泣けてきました。
 
本当はやりたいことがいっぱいあった。
夢もあったしそのために人生を捧げてきたのに、その可能性のほとんどが急に奪われてしまった。
その悲しみはやがて決意へと変わり、左手だけのピアニストとして行きて行くことを誓う。
「左手」はそんな過去への悲しみと未来への決意が詰まった素晴らしい作品です。
夢が奪われてしまった人たちに向けた「それでも君は生きて行くんだよ」という讃歌のようにも聞こえて、ただの「障害者ってかわいそうだね、簡単だけどいい響きのする曲を作ったよ」ではなくあえて難曲にすることで、不屈の精神で逆境に立ち向かう人間の強い意志を感じるんです。
もし近くで演奏される機会があればぜひ聞きに行ってみてください。
勇気をもらえます。 

 

ラヴェル:ピアノ協奏曲

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THE BEST(7)舘野泉【HQCD】

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