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指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

アウトプットを促さない教育 ― 「男の子が自立する子育て」を読んで

この本を読みおえました。

 

男の子が自立する子育て

男の子が自立する子育て

 

 

校長でありながら現役で教壇にも立つ筆者が子供の自立について書いた本です。

ターゲットは主に中高生の子を持つ親。

タイトルに「男の子」とはついてはいますが、筆者が勤めているのが男子校でスポーツや山登りなどの男の子らしい事例が出てくるというだけで、基本的には男女両方に通じる考え方だと思いました。

 

私は自分の子供にこうなって欲しいという理想はあまりないのですが、自立した人間に育ってくれたら嬉しいなあとは思います。

自ら考えて行動することができる大人になってくれたらいいなあと。

そう考えてこの本を買いました。

この本の大きなテーマである「自立」に関して、前書きにはこう書かれています。

  • 自立は自分で立とうとする力
  • 本来持っている力を引き出し育んでいくのは大人に課せられた役目

この「自立心はもともとあるものであり、親はそれを引き出す」という考え方がとてもいいですね。

決して価値観を押し付けようとはせず、子どもの中から出てくるものを大切にしたいという姿勢に共感出来ました。

まだまだうちの子供は小さいんですが、子どもの自立を妨げないために親が心がけることがたくさん書かれており興味深かったです。


全編通して納得できて得るべき視点がたくさんあったのですが、特に面白いなと思ったのは「アウトプットを促さない」という指導方針でした。

表現欲や承認欲求をどう満たすかという話題はブログ界隈でよく目にして耳タコ感があったのですが、アウトプットをさせないという視点からの意見はあまり聞いたことがなく面白かったです。

以下に詳しく説明します。

 

筆者の学校では1時間目の前にちょっとした学習をする「朝学」というものがあり、その朝学の取り組みの一つとして、あるいじめ事件の公判記録とその家族の手記を読ませたそうです。

朝からかなり重たいテーマですが、学校を舞台にした自分たちと同世代の事件ということもあり、生徒の心に何かしらの思うところが出てくるはず。

通常であればここで軽い感想や意見を書いて提出させたり、プチ討論をしたりするところでしょう。

しかし、筆者はあえて感想文も討論も実施しなかったそうです。

自分の意見を発表することや、考えていることを文章に落とし込むことは、教育的にもそれはそれで意味のあることではある。

しかしここではそういったアウトプットはさせず、強烈なインプットのみを生徒に与えて放って置くという方針に決めたということでした。

 

その一方でこの本には、自立には自己表現が欠かせないとも書かれています。

自分の思いや考え、自分というパーソナリティーを人に伝えたいという欲求が出てきた時に自分の奥底から力が湧いてきて自立心が生まれるとのことです。

確かにそうでしょう、私の身の回りを見てもアウトプットを絶えずし続ける人は大きなモチベーションを自分の中に持っていて、他人に頼らずとも自ら道を切り拓いていける力を持っていると思います。


ではなぜいじめの問題についてアウトプットをさせなかったのでしょうか。

その理由について筆者はこう述べています。

自分の意見を表明したり、議論を深めるのも、教育的な観点からすれば、決して悪いことではありません。

しかし、およそ結論が見えている問題は、議論したことによって一種のカタルシスを生み出します。

大きなテーマであるほど、「自分はそれなりの意見を言えた」「話し合ってよかった」と肩の荷を下ろした気分になります。

(中略)

結論を急がず、じっくり考えさせる。

ときには結論を子供に預けるのも、教育の一つのあり方ではないかと思っています。

人の意見に拠らず、自ら立つ「自立思考」というべきものがそこに生まれるのではないかと思うからです。

 

この「結論が見えている議論は満足感を生むだけで自立心を育てることはできない」というのは、言われてみればそうだなあと感じました。

小学校とかでは特に結論が見えている感想文をよく書かされますよね。

戦争体験のビデオを見て「どう思った?」と聞かれたら戦争はいけないと思いました平和を僕たちが守り続けて行こうと思いますしか言うことはなくて、そこには自立とか個は生まれないと思うんですよ。

いじめの記事を見て自分なりに「とはいえいじめられた方に非はなかったのか」とか考えても、先生にどう思ったか言ってみなさいと言われたらそりゃ「いじめかっこ悪い」としか言えないじゃないですか、浮いちゃうから。

戦争が悪いことやいじめが悪いことを教え込ませたいのであればそれはそれで正しい教育の方法だとも思うのですが、そうでないのであればその場で意見を書かせたり言わせたりするのではなく、まずじっくりと自分一人で考えさせる方が考える力を養うにはいいかもしれません。

アウトプットを自立につなげるにはすぐにアウトプットをさせずに、まず何より「待つ」ことが重要なのではと思いました。


大人は子供達に対してアウトプットを期待しすぎている感があります。

やれ感想文を書かせたり、意見を言わせたり。 

 しかしアウトプットさせてしまうと、そこで思考がストップしてしまうこともあるんですよね。

自分の中で深く考えることができる人間に育てるためには、あえてインプットのみを与えてアウトプットを促さないのも手かなと思いました。

 

子どもが自立できる教育 (小学館文庫)

子どもが自立できる教育 (小学館文庫)

 
〈自立〉の心理学 (講談社現代新書 (674))

〈自立〉の心理学 (講談社現代新書 (674))

 

 

 

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