指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

幻滅するほどには愛していたのだ

全体的にちょっとボカした話になるかもしれません。

知り合いにバレるとアレなので。
 
この土日に幻滅することがありました。
とあるものに対するドロドロした内情を知ってしまい、すごくすごくガッカリしました。
ガッカリし切ったところで「ああ、幻滅するほどには、自分はこれを愛していたんだな」と気づいた、という話です。

 

愛の幻滅(上) (講談社文庫)

愛の幻滅(上) (講談社文庫)

 

 

幻滅した対象を話せないのがちょっともどかしいところではありますが、自分はそれを好きでもないし嫌いでもない、くらいの立ち位置で考えていました。

特定の人間ではありません。「◯◯業界」のようなひとつの概念です)
いとこや甥っ子のようなたまに会う親戚くらいの親近感をもって接し、特別な感情を抱いたりすることはありませんでした。
 
ただ、そのいとこのような関係のあるものの、裏で行われていたことを知ってしまった。
普段は表に出てこなかった黒くて醜い痴の部分を見てしまったんです。
しばらくは悶々と「えー…あれってああいうこともやってたんだ…」と思考が頭の中をぐるぐると回り続けました。
この土日の7割くらいはずっとそのことを考えていたような気がします。
 
悩んだ末出した結論は、自分はそれに過剰な潔癖を期待していたのだということ。
そして、気づかなかっただけで自分はそれを愛していたのだということでした。
愛しているからこそ潔癖を期待し、潔癖を期待するからこそ幻滅する。
クラスの不良が万引きしてもなんとも思いませんが、好意を寄せている人が万引きをしたら幻滅します。
人は何かに幻滅するためには、有る程度の好意を寄せていないとダメなのでしょう。
 
例の偽ベートーベン問題でもそうです。
本気で怒っているのは、佐村河内氏が発表していた音楽を愛していた人たちです。
曲を聴いたことがない人たちの怒りは「正しくないことをするんじゃない!」という義憤であって、警察と同じ立ち位置です。
被害者ではありません。
被害者は彼が発表していたという曲を真に愛して、それによって救われた人たちです。
その人たちを失意の谷に突き落としたのが、私は佐村河内氏の一番の悪行だったと思います。
 
裏切られることは辛いです。
しかし過剰な期待を持ち過ぎていたのかもしれないと、少し自分でも反省するようになりました。
勝手に期待して勝手に幻滅するのは、アイドルの交際報道に怒る身勝手なファンと同じような気もするんです。
ちょっと潔癖を期待し過ぎていたなあ…としんみりしてしまった土日でした。 

 

愛とは、怖れを手ばなすこと (サンマーク文庫 E- 45)

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