指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

「海は広い」というブログを書かないために

最近、ブログを書き出してからやっぱり消す、ということが何回か続いています。

書いている途中で気が変わるというよりかは、「あ、当たり前のことを書いてるな」と気づくのです。
極端な話、「海って広いなあ」「ラーメンって食べ過ぎると気持ち悪くなるよね」のような、そりゃそうだよ的な記事を書いているな…と書き出してから気づくのです。

 

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今回の話は自分への戒めです。

「ブログはかくあるべき」というブログ論の話ではありません。
 
私は前も書きましたが、思考の洗濯ツールとしてブログを使っています。
くだらない話や取るに足らない話であっても別に載せていいじゃんというスタンスで書いてはいます。
しかしそれをさっぴいても、当たり前記事は読むに絶えない
読んで損した感がハンパないです。
自分で書いた記事なのですが。
 
私は「ああそうか!」という気づきがあった時にブログを書くようにしているのですが、気づいているとみせかけて、実は自明のことだったということがかなりあるようです。
「海は広い」はさすがに極端な例ですが、「家族は大事にしたほうがいい」とか「健康って何にも代え難い」とかは書こうと思って踏みとどまりました。
 
何かエピソードがあってその結論としての当たり前だったらいいとは思うのです。
例えば家族はいつでも会えると思っていたけどおばあちゃんが入院してしまって会えなくなって後悔した、その上での「家族は大事にしたほうがいい」であれば気になりません。
もともと家族が大事とは思っていたが、想像しているよりはるかに家族は大事であった、ということは自明ではなく気づきだからです。
当たり前だと思っていたことが、はるかに重い意味を持っていた、というのは当たり前ではなく発見です。
 
そうではなく、単に当たり前の日記を書いてしまったあとの「何書いてんだろ…」は結構ダメージ大きいです。
夜に書いたラブレターを朝破ると言うのはよく聞きますが、書き始めのテンションと見直した時のテンションには落差があるので、時間を置いてチェックしないと火傷するよなーとは思います。
 
私はブログを人に見せることが第1の目標ではないので、内容について「つまらないぞ!」と言われても「ハァ」としか言えないのですが、少なくとも書いたことを後悔するような記事は書かないようにしたいです。
 
でもこれって日常会話でも同じですね。
当たり前のことしゃべってて(そりゃそうだろ…)とか思われてないかなあ。
文章の方が時間をおいてチェックできるだけマシか。
 
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