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指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

いいものが売れるという時代は終わった

コカコーラCEOのムーター・ケントがインタビューで「いいものは売れるという時代は終わりました」と述べていました。

これからはよりブランド力が大事だという文脈での発言だったのですが、そもそも「いいもの」ってなんなんでしょうか。

 

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新入社員の頃、私はいいものを作れば必ず認めてもらえると思っていました。

誰もが認めるくらいいいものを作ってやろうという心がけで仕事に取り組んでいた、とも言えます。
しかし、自分で納得できるものでもなかなかよいと認めてもらえない。
他人は「ここをこうしないとよくならない」と自分と違う場所にこだわり、私の考える「いい」ポイントを評価しない。
次第にモチベーションは下がり、自分は正当な評価を受けていないんじゃないかと感じるようになりました。
 
「いいもの」の基準が自分と他人とで違うということに気づいたのは入社してから4年ほど経った時でした。
結局自分は自分の基準が正しいと思い込んでいた井の中のかわずだった。
上司の基準が正しいかどうかはさておいて、人の基準を認めない尊大なプライドをもっていただけだったのです。
「本当にいいものは誰が見てもいいと思うはず」とも思っていましたが、その「本当にいい」かどうかは結局自分が決めていたのでした。
自分一人がいいと思っているものを世界全てがいいものと認めるというのはおごりだったなあと感じます。
 
もし「いいもの」の基準がすべての人において同じであれば、本はアマゾンランキングだけ見て買えばいいですし、CDはオリコンだけ見て買えばいいんですよね。
 
大多数の人がいいと思うものを「いいもの」の定義とする考え方もあるとは思います。
ただ、人の好みはどんどん多様化しているので、共通項を探しづらくなってきているのではないでしょうか。
昔はみんな同じドラマをみて同じドラマの主題歌を聞いていました。
今ではテレビを見ている人もいればYoutubeだけ見ている人もいますし、ニコニコに大半の時間を使う人もいれば新聞しか見ていない人もいます。
「いいもの」の多数決が取れないのです。
 
そういう意味では確かに、いいものが売れるという時代は終わったのかもしれません。
そもそも「いいもの」がひとりひとりの中にしか存在しないのですから。

 

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