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指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

ネットのおかげで私たちは孤独を感じることができる

インターネットは「つながる」ツールだと言われます。

遠くの人とつながる。
世代を超えてつながる。
時間を超えてつながる。
そんなつながる側面がフォーカスされることが多いネットですが、私はむしろインターネットに孤独を強く感じます
それは田舎より都会の方が孤独を感じるのに似ていると思うのです。

 

孤独のグルメ【新装版】

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 私はやや田舎で育ちました。

電車やバスは通っているが、車が無いと生活しにくい程度の田舎です。
地域の人が食料品や生活雑貨を買う店はほぼ決まっていて、店ではよく友達や知り合いに会いました。
生活圏が狭く、どこに行っても知った顔を見る。
もちろん家に帰れば同じ家族が待っている。
それは守られているという安心感でもあったのですが、ときにわずらわしくもあり、閉塞感を感じていました。
自分をその地域にとどまらせるつながりを断ち、孤独になりたい時もありました。
 
大学に入り、私はやや都会で暮らすようになりました。
友達もできましたが、何せ広いため遊び場所や生活圏がかぶることはなかなか無く滅多に会うことはありませんでした。
一人暮らしなので当然ですが、家に帰っても誰もいません。
徐々に寂しくなったりするのかな、と思っていましたが意外とそんなことはなく、むしろひとりでいられることの喜びを大きく感じられました。
人と交わりたくないわけではないので色々なコミュニティに加わってみたりもしましたが、そのコミュニティはいつでも抜けたり中断できるものばかりだったので閉塞感は特に感じませんでした。
誰も知らない自分でいられる時間が増えて、生まれて初めて孤独を感じることができました。
 

ネットは大都会に近いと私は感じています。
小さいコミュニティはたくさん存在していますが、コミュニティの数は膨大であり、遊ぶ場所も仕事をする場所も無限にある。
どこに行っても同じ顔ぶれということはありません。
インターネットが世に広まって、世界中の人と会話ができたりストリーム配信ができたりと「つながり」が強くなった側面もあると思うのですが、私はそれ以上に広大な面積の土地が出現したというインパクトの方が大きかったです。
たとえ田舎に住んでいたとしても、ネットでは誰も知らない自分になることができる。
インターネットは孤独を感じることができる場所なのです。
 
人にとって孤独は必要なものだと私は思います。
暖かい人と人との触れ合いからいったん離れて独りになり、感性や思考を熟成させる。
煮詰まったらまた人と話す。
これを繰り返して人って分厚くなっていくんじゃないでしょうか。
田舎や村社会では孤独を感じることがなかなか困難でした。
しかし、インターネットを使えば私たちは孤独を手に入れることができる。
そんなインターネットの持つ孤独性に無限の可能性を感じるのです。

  

  

[新版]自立と孤独の心理学

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