指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

堺雅人の発言に見る「やりがい」の正体

今朝、一番衝撃的だったニュースがこれです。

ゴールデンスランバーで初めて見て「気持ち悪い笑い方する人だなー」と思っていた堺雅人ですが、リーガルハイにどハマりしてすっかりファンになってしまいました。
(最終回は録画しててまだ見てません。ネタバレするなよ!絶対ネタバレするなよ!)
役者さんの演技を見て「すげーー!!」と思ったのは久しぶりです。
第一シーズンの絹美村での長ゼリフは圧巻でした。
本当に素直に感動しました。
 
それだけにこの発言はビックリしてしまい、そもそもやりがいって何だろうと考えだしたのがこの記事を書き始めたきっかけです。

 

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やりがいって何なのか

 
やりがいという言葉の意味をおさらいしておきましょう。
「〜しがいがある」というのはかけた労力に対して十分な報酬を得られることです。
「食べがいがある」は食べれば食べたぶん満足感を得られること。
「見がいがある」というのは見に来てよかったという喜びを得られることです。
行った努力に見合った見返りを得られた時に、人はやりがいを感じます。
 
 

堺雅人には何が足りなかったのか

 
堺雅人は自らの努力が足りなかったと思っているのでしょうか?
否、自身でも大変な一年だったと語っています。
努力自体は多大にした。
つまり堺雅人努力に対する見返りが足りなかったと考えているのでは。
しかし知名度も上がり、人気も視聴率も十分だった今年、それらは見返りにならなかったのでしょうか。
 
元記事の堺雅人の発言を読み返してみると、2013年は「もらったものを誰かに渡すための一年」だったと振り返っています。
これは「今年は自分の身につかない仕事ばかりだった」、つまり堺雅人はもっと成長したかった、仕事の大変さの割りに自身が成長できなかったことを悔いているのではないでしょうか。
古美門にせよ半沢にせよ、今年に堺雅人が行った仕事はすでに持っている自らの能力を発揮しただけのものであって、自分を役者としての新たなステージに導いてくれるだけのパワーは持ち合わせていなかったのでしょう。 

このことから堺雅人自らの成長を何よりの報酬としていることが推測できます。
恐ろしいですよね、世間の人気がこれだけ高まってもそれらを報酬と感じないというのは。
できたての茶碗を割る職人にも似た、鬼のような向上心を感じます。
 
 

やりがいと成長

 
やりがいは、努力と報酬がセットになった時に得られるということを述べました。
やりがいのある仕事=やりたい仕事ではありません。
面白くなさそうな仕事であっても、自分にとっての報酬さえ見つけられればやりがいは感じられると思います。

あ、あと「やりがいを持って仕事しろ!」という人もいますよね。
それもおかしな話だと思うのです。
何を報酬とするかは人によって違うので、お金を一番の報酬として働いている場合であれば「じゃ給料上げてください」と言いたくなります。
やりがいは持つものではなく、結果として生まれるものです。

ともかく、報酬が「自らの成長」の人は無敵だなと思いました。
努力も一種の才能だと言いますが、やる気の自家発電ができる人には勝てる気がしませんね。

以上!

 

an・an PLUS×リーガルハイ 伝え上手になる話し方 (マガジンハウスムック)

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