読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

寂しさとリラックマ理論について

この記事を読ませていただきました。

 
 
寂しいと人はどうなるのか…という内容ですが、「寂しい」に関して思うことがあるのでちょっとまとめてみます。

 

こまくら リラックマ

こまくら リラックマ

 

 

突然ですが、私にはリラックマ理論」という持論があります。

リラックマを「かわいい〜」という人は次の2種類に分類されるのではという見解です。
 
 
そして後者がかなり多いのでは、と考えております。
リラックマに対する偏見が多大に含まれておりますが、これはリラックマに限らずさまざまなことに当てはまると思う考え方だと思うのですよ。
 
  • コーヒーが好きな人
  • 「コーヒー好きな自分」が好きな人
 
  • カメラが趣味の人
  • 「カメラが趣味の自分」が好きな人
 
  • 万年筆にこだわりがある人
  • 「万年筆にこだわる自分」が好きな人
 
そして「寂しさ」もこのリラックマ理論が当てはまり、
 
  • 寂しい人
  • 「寂しい自分」が好きな人
 
の2タイプに別れると思うのです。
もちろん上の本当に「寂しい人」もたくさんいるとは思います。
上のタイプの人は寂しい原因がはっきりしているので、問題を解決すれば寂しさは解消されます。
恋人がいない、なら恋人を作れば、友達がいない、なら友達を作れば寂しさは解消します。
問題は下のタイプです。
 
「寂しい自分が好きな人」はあらゆることをしても寂しさは解消されません。
結婚しようが友達がいようが常に満たされず、「それでも俺は寂しいのだ…」と言います。
かくいう私もこのタイプです。
 
私は自慢じゃないですがかなり異性との接触の少ない青春時代を過ごしておりました。
一言で言えばモテませんでした
高校の時は同じくモテない同級生とつるみ「寂しいわーマジ寂しいわー」とつぶやき続けた3年間でした。
当時にTwitterがあればひどいタイムラインになっていたと思います。
 
そんな自分でも何かの間違いで恋人ができ、結婚することができました。
危篤な人もいたもんだ、もうこれで寂しく無いぞと思っていたのですが、驚くことに独身の時よりも寂しさは増すばかりでした。
もうレールが決まってしまって突き進むしかないようなあきらめのような…。
(結婚観については長くなるのでまた改めて記事にまとめて見ます)
結婚生活自体に不満はないのですが、原因のはっきりしない不満が少しずつ澱のようにたまり、寂しさとなって気化してきました。
 
そこで「ああ、自分はどうあっても寂しいんだな、寂しいって言うのが好きなだけなんだな」とやっと気づきました。
寂しさの原因が外的要因では解決できず、内的からのみ解消できるとわかると不思議と気持ちが楽になりました。
 
まとめますと、寂しいと感じる人には2タイプあるということ。
何をしても寂しい、原因がわからないという人は「寂しい自分が好きなだけ」の可能性があるということ。
そしてその場合は、寂しさを解消できるのは内的要因のみであるということ、です。
「自分は寂しい」という思い込みから抜け出せれば、案外世界は明るいのかもしれないですよ。

 

孤独な心―淋しい孤独感から明るい孤独感へ (セレクション社会心理学)

孤独な心―淋しい孤独感から明るい孤独感へ (セレクション社会心理学)

 
好きなのに淋しいのはなぜ (集英社文庫)

好きなのに淋しいのはなぜ (集英社文庫)

 
広告を非表示にする