指揮者だって人間だ

晴れた日には洗濯を。

表現したいのか、承認されたいのか

昨日の記事で「思っていることを書いて頭をスッキリさせるためにブログを使っている」ということを書きました。

 

思考を洗濯するツールとしてのブログ - 指揮者だって人間だ。

その続きとして「表現したいのか、承認されたいのか」について書いてみたいと思います。

 

承認をめぐる病

承認をめぐる病

  

 

私は前回書きましたとおり、ブログで承認欲求を満たしたい、という考えはあまりありません。

そりゃPVは多いと興奮しますしできるだけ多くの人に賛同いただけると嬉しいですが、どちらかというとアウトプットが主なのです。

もやもやしていることを書いて、自分の思考を整理する。

ループしてしまっている頭の中身を引っ張りだすために記事に落としこむ。

ブログはそのためのツールとして使っているだけなので、承認はあくまで副次的な目的です。

 

一方で、承認されるツールとしてブログを使う、というタイプの人ももちろんいると思います。

できるだけブックマークがつくと嬉しい。

スターは色が気になる。

何度も何度もアクセス解析を更新してPV数を分単位でチェックする。

自分の意見が承認されるのを待ち続ける。

 

どちらがよくてどちらが悪いというものではありません。

タイプが違うだけで、どちらかがどちらかを否定するというものではないと思います。

 

ただ、良くないなと思うのは途中で軸がぶれてしまうことだと私は考えています。

 

もともとは書きたいことがあるからブログを始めた。

自分の考えを自由に書いて、思考を整理するための日記帳だった。

だけど気が付くといつの間にかウケることばかり考えている。

自分の記事が誰にも見てもらえないことにイライラしてきて、アクセス数増減のためのテクニックを検索したり、SEOとかなんとかいうことも勉強しだす。

たまには話題になりそうな記事も書かなきゃと言って無理やり炎上させたりしてみる。

ネタを探すために出たくもないのに街に出る。

夜遅くまでネットのニュースを巡回して記事の種を探す。

ブログで暮らしを豊かにするつもりが、ブログの奴隷になっている。

 

ブログに偏って書いていますが、これは何もブログだけに限ったことではありません。

絵を書くこと、作曲、アプリ制作、何でも当てはまると思います。

自分のために始めたはずのものが、いつの間にか自分を苦しめるという典型例です。

 

こうならないためには、私は「承認欲を満たす活動を決めておく」ことが大事だと考えます。

私の場合は指揮です(仕事なら一番良かったのですが…)。

誰にでも承認欲求はあり、それは恥ずべきことでもなんでもないので、あらかじめ「私はこれで承認欲求を満たす!」という活動を決めておけば、ブログが少々ウケなかろうが気になりません。

 

「あーあんまりアクセスされてないな、みんな興味ないんかしら。まあ思ってること書けてスッキリしたしいっか」

 

くらいです。

表現したいことを表現出来る喜びが承認欲に勝ります。

 

自分のやっていることが表現欲を満たすためのものなのか、承認欲をみたすものなのか。

それさえ決めておけば、どんな活動でも余計な気をもまずに細く長く続けることができるんじゃないでしょーか。

 

表現力のレッスン

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認められるには「話し方」を変えなさい

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